2008年3月 6日 (木)

ご報告

当ブログ「田舎の神主の学び舎」管理人に変わってご報告申し上げます。

「田舎の神主」こと、当ブログ管理人は昨年より体調を崩しておりました。

それが今年に入りまして、社頭でのご奉仕のみならず、日常生活上でも支障をきたすようになり、現在療養中であります。

また社務、その他講演等も多忙を極めており、本人の体調管理の都合も含め、管理人によるブログの更新を一時停止とさせて頂きます。

管理人は「日本人の生き方、在り方としての神道」普及のために、インターネットというツールをもっと活用すべきだと日頃から強く訴えており、昨年も当ブログの更新が長きに渡り滞っているのを気にかけておりましたが、私どもから管理人自身の体調に気遣いをとの希望を申したところから少し休んでおりました。

コメントをくださっている皆様、またリンクを頂いている皆様、当ブログへ足をお運びくださった皆様にはくれぐれも宜しくと管理人も申しておりました。

また体調が回復しました暁には、必ずや更新をすると本人も意欲を持っております。

しばらくの間、当ブログは管理人の承諾の元で私が管理、運営させて頂きます。

記事の更新やコメントなどへのレスポンスが遅れることもあろうかと思いますが、責任を持って更新及びお返事申し上げる所存でございます。

どうぞ今後とも当ブログ「田舎の神主の学び舎」をよろしくお願い申し上げます。

                        代筆 田舎の神主の妻

| | コメント (16) | トラックバック (1)

2007年11月23日 (金)

ふと気がつくと・・・

前回の更新から早くも3ヶ月も過ぎていました。

相変わらず忙しいと言い訳のように繰り返しております。(反省)

何故忙しくしておりましたかと申しますと、実は・・・・。

この時期になると最早毎年恒例のようになっておりますが・・・・

第五子が誕生いたしました。(苦笑)

体重2912g 身長48.5㎝

元気な男の子であります。

去る11月の某日でありますが、母子共に健康でこの世に生を受けました。

今回は家内の妊娠中に体調の問題もあり、一時は入退院も何度かありましたが、無事に出産を終えて帰ってきてくれました。

公私ともに多忙を極めておりました故、遅くなりましたがここに御報告申し上げます。

七五三シーズンを終え、ようやく落ち着きを取り戻しましたので、更新を再開したいと思っておりますが、なにぶん年末年始を未だ控えて居る状況でありますので、マイペースに更新を続けて参りたいと思っております。

しばらくの充電の間に書きたいことが貯まっております。

時間を作りながら更新を続けたいと思っておりますので、皆様今後とも拙ブログを宜しくお願い申し上げます。

| | コメント (9) | トラックバック (10)

2007年4月 4日 (水)

「御加護」ということ

このところ、公私ともに立て込んでおりまして更新が滞っておりました。

最近は社務、講演等に精力的に臨んでおりましたところ、体調不良に陥りましてすっかり御無沙汰してしまいました。

過日のことですが、今年も昨年同様、伊勢の方へ行って参りました。

また、今年は京都の伏見稲荷大社をお参りし、その後は新撰組の足跡を辿りながら、幕末期に所縁のある所へを観光して参りました。

京都での宿泊は「京の奥座敷」と言われる「湯ノ花温泉」の旅館にお世話になりました。

ところがここで若干のハプニング・・・。

今回の旅行に同行された総代の方が突然、風呂上がりに卒倒され、救急車騒ぎを起こしてしまいました。

その場でご本人から「数日前から体調が優れなかった」とのお話を頂き、その旨を救急隊の方に説明をし、とりあえず近隣の病院へ搬送との運びになり、私が同乗致しました。

然し乍ら、救急隊の方々も旅館からの搬送であったためか、どうやら急性アルコール中毒か、湯あたりくらいとしか捉えて居られなかったようでありました。

ところがその搬送中、その方の容態が急変し、一時は心肺停止状態になってしまったのです。

救急隊の方々が大慌てで緊急措置をされ、事無きを得ました。

そして救急車の車内は緊迫した状態で病院へと急いだのでした。

そして病院へ到着。 救急救命処置室に運ばれ、隊員の方から先生に御説明していただき、そのまま緊急入院。 そこでくだされた診断は「不整脈による突発性心臓発作」とのことでありました。

先生が仰るには「いつ心臓が止まってそのまま亡くなってしまってもおかしくない状態だった」との由。

ご本人が気付かない所で「不整脈」という爆弾のような病を抱え込まれていたのです。

そして私が宿に戻ると、皆さんがお集まりになって状況の確認にいらっしゃったのです。私が御報告申し上げると、

「まったく、お伊勢への旅行に来て倒れるなんて・・・。」

とある総代の方が仰いました。

然し、私は反対に思えて仕方ありませんでした。

お伊勢参りに来たのだからこそ、この様になったのかも知れない・・・。

皇太神宮の御祭神は言うまでもなく天照大神です。

日の大神です。

潜在的な病をお持ちだったからそれを神々しい御光で照らして下さったのではないか・・・。

だからこそ、救急車の中で思い違いをされていたであろう隊員の方々にその病状を知らせるために発作が起こった・・・。しかも結果的に事無きを得られるように・・・。

そのことがあったからこそ、病院でもスムーズな治療を受けることが出来たではないか・・・。

仮にそのまま旅を続けていたら・・・。

何も気付かずにご自宅に一人戻られて、そこで発作を起こしていたなら・・・。

現在は御家族の看病の下、ペースメーカーの埋め込み手術を受けられるそうで、手術に備え治療に専念するよう入院されていらっしゃいます。

「神の御加護」・・・・・。

その奥の深さを垣間見た・・・そんな気がした旅でした。

追伸:私もまだ、体調の方も完調ではありませんので、御報告までと云うことで更新させて頂きました。体調が整いましたら、また逐次更新して参りたいと思っております。

| | コメント (2) | トラックバック (12)

2007年1月30日 (火)

新年明けましておめでとう御座います。

「天地の 御恵み尽きぬ 華ぞ咲く 

我が日の本は 平ら成りけり」

今更・・・・・と言われてしまいそうですが・・・・。

皆様明けましておめでとう御座います。

旧年中、拙ブログへご訪問いただきました皆様方、また多くの貴重なご意見やトラックバックを賜りました皆様方には、昨年と変わらぬ御厚情を賜れば幸いと存じます。

私議で大変恐縮ではありますが、現在多忙を極めておりブログの更新、コメント、トラックバックへのレスポンスが滞りまして大変失礼致しました。

毎度のことではありますが、マイペースで更新は続けて参ります。

どうぞ本年も拙ブログを宜しくお願い申し上げます。

| | コメント (6) | トラックバック (3)

2006年12月31日 (日)

年末のご挨拶

拙ブログをご覧になった皆様方、コメントやトラックバックを下さった皆様方、今年一年大変お世話になりました

私自身、本年は公私ともに有難いことに多忙を極め、様々なお役目や役職を賜りまして、ブログの更新が滞る事も多くありましたが、多数の興味深いコメントや大変勉強になるトラックバックをお送り頂きましたことは感謝の念に堪えません。

一年間有り難う御座いました。

来年も本年と変わらぬお引き立て、御厚情を賜れれば幸いと存じます。

皆様方に於かれましては無事、良き新年をお迎えになりますことを切にお祈り、お願いを申し上げます。

| | コメント (10) | トラックバック (8)

2006年12月21日 (木)

私議多忙につき

先月から今月、来月にかけて多忙を極めております。(七五三、年末祭祀、護摩頒布等)

更に今年度は色々な会の幹事や理事などを引き受けてしまったため、仕事の方の都合をつけるのも難儀しております。

いつの間にやらブログの方も1ヶ月以上更新が滞って居りました。

エントリにしたいこと、書きたいことは山程あるのですが、なかなかエントリアップできる程のものが書けません。

近々にまとめて更新しようと思っております。

なんとか今月中に2,3、記事に出来ればと思っておりますのでしばしお待ちを頂きたいと思います。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2006年10月10日 (火)

第4子誕生!!

ん・・・・?

昨年も同じような時期に似たような事を書いていた記憶もありますが・・・。(苦笑)

まあ、余り細かいことは気にせずに・・・・・。

御陰様で第4子が無事に誕生いたしました。

此の処、ブログの方を更新する時間もとれないほど仕事が多忙を極めておりましたが、そんな合間に昨年同様、一ヶ月早く家内の出産と相成りました。

私自身と兄弟構成が同じように子供を持つことが出来、大変嬉しく思っております。因みに私自身は四人兄弟の末っ子であり、兄が二人、姉が一人居り、順番は男、女、男、男なのです。これと年齢の間隔は違いますが同じ構成であります。

昨年とは状況も打って変わり、私の仕事環境も多岐に広がりを見せ、神職という職業基盤から様々な形で仕事をさせて頂いて居りましたが、その中での我が子の誕生というものはまた格段の悦びでもあります。

然し乍ら、これまた昨年同様、家内の偉大さに感服しております・・・。

仕事の多忙を言い訳にしてはいけないとは思うのですが、上の子供達の保育園の支度や、私自身の服の場所、自宅の各種公共料金の支払い等々・・・。判らないことが多すぎまして・・・・。

そして子供も相変わらず、何かがあれば

「お母さんは??」

うーん・・・・。やはり父の威厳が・・・・・。(汗)

現代の日本を取り巻く様々な環境の中で我が子達が、また多くの方々が幸せに生きていく社会、国創りを、我々の手でしていかねばならない、そんな中で後世に対する先人としての責任をしっかりと果たしていきたい、その上で父としての威厳を回復・・・・・もとい(笑)、親として子を映す鏡でありたい。

そんな風に改めて感じました。

そして妻と子供達、更に10月3日に産まれた我が子に改めて感謝の気持ちを述べたいと思います。

有難う。そしてこれからも宜しく。

そしてこのブログで御縁を頂戴した皆様方にも日々の感謝を申し上げます。

本当に有難う御座います。そして、これからもなお一層のご厚情を賜りますようお願いを申し上げます。

書きたいことが山程あります。が、今日はこの辺りで・・・。

また順次、時間を作り更新をして参りたいと思います。

| | コメント (15) | トラックバック (4)

2006年9月 6日 (水)

皇孫 秋篠宮家 親王殿下御誕生 おめでとう御座います。

秋篠宮文仁殿下、紀子妃殿下の第三子として親王殿下が御誕生あそばさましたれたことは、誠に慶賀の極み、心よりお慶び申し上げます。

今上陛下まで連綿と125代、皇紀にして2666年の万世一系の御皇統を受け継がれる可能性をお持ちあそばされた親王殿下の御誕生を、この日本に生まれ、この日本に暮らす一国民としてお慶び申し上げ、また皇統の末長きを祈り、寿ぎ奉ります。

元気な産声、喜び分かつ秋篠宮ご一家読売新聞)- 9月6日14時28分更新

| | コメント (14) | トラックバック (8)

2006年9月 3日 (日)

現代と神道 ~その4~

 さて、前回の続きです。

今回でイザナギノミコトとイザナミノミコトの黄泉の国禊ぎ祓いの行も最終回です。

 黄泉の国からやっとのことで逃れて国へ帰ったイザナギノミコトは次のように洩らしたのでした。

「思えば私は、なんて厭な、醜い、汚いところへとわざわざ出向いたしまったのだろう・・・。私の身体はすっかり穢れてしまった。この身体を『禊ぎ』して清浄にせねばならない・・・。」

そう言うと「筑紫の日向の小戸の阿波岐原(ツクシノヒムカノオドノアハギハラ)」において穢れた身体を浄めるための「禊ぎ祓い」の儀式を行うことにしました。

 まず最初に手にしていた杖を投げ捨てると、その杖は黄泉比良坂に突き刺さり、「この禍に近づくな」というツキタツフナドノカミが生った。次に帯を解いて投げ捨てると、道中の安全を守る、場合によってはそこに危険をもたらすミチナガチハノカミが、次に腰の下に巻いていた裳を投げ捨てると、「死穢」を解き放つ、またはそこへ解き置くというトキハカシ(トキオカシ)ノカミが、次に上に着ていた衣を投げ捨てると、禍から免れた、または患いを内包するというワヅラヒノウシノカミが、次に褌を投げ捨てると、衢を守り、または分かれ道の迷い神と云われるチマタノカミが、次に冠を投げ捨てると、「穢れ」が明けたことを示す、または「穢れ」を内包するアキグヒウシノカミが、更に左手に纏いた玉飾を投げ捨てるとオキザルノカミオキツナギサビコノカミオキツカヒベラノカミという、海の沖、渚、その中間の海を守り、または禍をもたらす三柱の神が、右手の玉飾を投げ捨てるとヘザカルノカミヘツナギサビコノカミヘツカヒベラノカミという水平線を守り、または禍をもたらす三柱の神が生まれました。

それまで身につけていたものを全て脱ぎ、または外すことに依って、そこに付いていた「穢れ」と、その穢れが付着していたイザナギノミコトがお召しになっていた「着物」から「禍」とその禍から「守ったり」、それを「直す」両面を持ち合わせた、十二柱の神々が生まれたのでした。

 こうして全てを脱ぎ捨てたイザナギノミコトは朝日にきらめき輝いている海面に眼をやると
「上の瀬は潮の流れが速い。下の瀬の方が流れが緩やかだ。」
と呟き、中の瀬のあたりにザブンと飛び込み、冷たい海に潜り、身体に水をくぐりながら洗い清めて行くのでした。
その時生まれた神の名は八十禍津日神(ヤソマガツヒノカミ)次に大禍津日神(オオマガツヒノカミ)でありました。この二柱の神は、かの醜い黄泉の国に行った時に、身体に付いて来た「穢れ」が基となって生まれ出た神でありました。
この「穢れ」を直そうと、次にイザナギノミコトの身体を伝い流れる水から生まれたのが神直毘神(カムナホビノカミ)、次に大直毘神(オオナホビノカミ)でありました。
そしてその「穢れ」が濯ぎ落とされ清らかになったことを示すイズメノカミがお生まれになります。

 そしてもっと深く潜られ、底へとたどり着いたときにお生まれになった神の名は底津綿津見神(ソコツワタツミノカミ)底筒之男命(ソコヅツノオノミコト)浮き上がってくる途中でお生まれになった神の名は中津綿津見神(ナカツワタツミノカミ)中筒之男命(ナカヅツノオノミコト)、海面に近づいたときにお生まれになった神の名は上綿津見神(ウハワタツミノカミ)上筒之男命(ウハヅツノオノミコト)、いずれも海路や港を守る神であります。
そしてこの三柱のワタツミノ神は朝廷に海の幸を献上していた阿曇連(アズミノムラジ)の祖先と言われています。
また、三柱のツツノオノ命は墨江、後の住吉大社の祭神であり、ここから全国の住吉神社へとお祀りされるようになりました。

 そして、やっと海面に顔を出したイザナギノミコトが左の眼を洗うと天照大御神(アマテラスオオミカミ)が、次に右の眼を洗うと月読命(ツクヨミノミコト)が、最後に鼻を洗うと建速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)がお生まれになったのです。

ここにお生まれになったヤソマガツヒノ神からハヤスサノオノ命までの十四柱の神は、身体を洗い清めたことによって生まれ出た神でした。

 ここに於いてイザナギ大神は心から歓喜の声をお上げになり、次のように言いました。

「私は次々と子供を生んできたが、その最後にやっと、三柱の世にも尊い子供達を得た。」

そう言うと頸に掛けていた玉飾を手に取り、きららかな音色を発しゆらゆらと響くそれを天照大御神に手渡すと、

「お前は私に代わって高天原(タカマノハラ)を治めよ。」

そう命じ、天照大御神は仕事を請け負ったしるしに、その玉飾を賜りました。その玉飾を御倉板挙之神(ミクラタナノカミ)といいました。
次に月読命には、

「お前は私に代わって夜之食國(ヨルノオスクニ)を治めよ。」

そう命じ仕事を任せられました。
次に建速須佐之男命には、

「お前は私に代わって海原を治めよ。」

そう命じ、仕事を任せられました。

こうして全てが三人の御子達の手に委ねられたのでした。

さて、ここでやっとイザナミノミコトの死後、黄泉の国へと赴き、それを追って行ったイザナギノミコトが現世に戻り、「禊ぎ祓い」を行い、「三貴子」と呼ばれる日本の八百萬と云われる神々の中で最も尊い神様をお生みになり、そして自らの跡継ぎとして「事依さし」された、というわけです。

前回の分から余談もいくつかあります。
例えばイザナミノミコトが黄泉の国で作った食事を取ったが為にその一員になってしまったことは「同じ釜の飯を食う」の語源になっていると言われていたり、イザナギノミコトが櫛の歯を折って火を灯したことで不吉なものを見てしまったことから「折れた櫛は使うものではない」なんてことが言われる様になった、なんて言います。それと今回、「三貴子」をお生みになった後、古事記の原文においてイザナギノ「命」がイザナギ「大神」と呼称が変わるのですが、それは跡継ぎをお生みになって御隠居されたから、などとも言われます。

それはさておき、ここでここまでの一連の流れで私はあることを思います。

それはイザナミノミコトの死後、その悲しみを忘れることの出来ないイザナギノミコトはそれを追って黄泉の国へと赴かれました。
それは妻を愛するが故の行動であり、その妻が死んでしまったその悲しみや心の隙間を埋めることが出来なかったが故の行動であると思うのです。
その悲しみは黄泉の国へと向かう前に「殯(もがり)」をしていた時点でも明らかだった訳ですが、それでも彼の気持ちは収まらなかった、ということです。

これは現代に於いて考えてみても似たような事例は在るのではないでしょうか・・・。

先日、私のごく身近な方がお亡くなりになりました。
その方はもう、齢八十も数えられ、今年に入ってからというもの入退院を繰り返されていました・・・。
そしてつい先日、お亡くなりになったのですが、お亡くなりになったとき、周囲の方々(特に余り近くないご親族の方々)は

「もうこれだけ生きて、最後は病んで苦しんだのだからもう大往生だ。あんまりメソメソ泣いてちゃいかんだろう。」

と仰っていました。が、奥様やお嬢様はとても悲しまれていらっしゃって、そんなとても「大往生なんだから・・・」というような言葉を掛けられる、そんな状況ではありませんでした。

いくら年を取っても、「大往生」と周りから言われても、身内のものが悲しいと思うのは当たり前のことであり、或る意味当然のことなのだと再確認しました。

この方の葬儀は「神葬祭」で行われ、私は祭主としてお務めさせて頂きましたが、どんな葬儀もそうですが、亡くなった方の「人柄」が垣間見えるものなのです。
それは「人」が「命(みこと=神)」になっていく過程でどれだけの「想い」を背負って行けるか、神となるに相応しいだけの徳があるのかどうか、ということでもあるのではないかと感じます。

少し話が横道に逸れましたが元に戻したいと思います。

人の死はどんな状況で在っても悲しいものですが、その後の様々な悲しみや苦しみ、辛い、哀しいという思いを乗り越えてこそ、何か新しい、大切なものが生まれてくるのではないでしょうか。

イザナギノミコトは黄泉の国で散々な目に遭いました。
しかし、そこで身につけてきた「穢れ」を禊ぎ、祓い清めると禍神が生まれ、それらを正す神が生まれ、そして最後に自らの跡継ぎとも言うべき「三貴子」がお生まれになった・・・。

人の死が様々な「争い」や「諍い」を生むこともあることでしょう・・・。
しかし、それを正す行いも生まれることでしょう。
そして、その亡くなった方を偲び、想いを馳せることで、その方が残してくださった尊い「教え」「御言葉」を思い出すことも出来るでしょう。

その「教え」「御言葉」から自らが迷ったとき、その迷いを晴らしてくれる、進むべき道を指し示して下さることもあるでしょう。

前回、「生命の縦の繋がり」、即ち「Eternal  Life」と書きましたが、そんな「永遠に続く生命の連鎖」も生まれてくるのではないでしょうか・・・。
そしてその連鎖を断ち切らない為にも、我々は後世を生きる者達に何を残さねばならないのでしょうか・・・。

そして我々は先人が残して下さった尊い「教え」や「御言葉」から何を学ぶべきなのでしょうか・・・。
それらを学びとることが出来たのなら、それを受け継いでいかねばなりません。

そして・・・・・私達は護らねばなりません。

この国の歴史を・・・伝統を・・・。
この国の美しい国柄を・・・。

そして「死」の悲しみを乗り越えることで我々は何を得ることが出来るのか・・・・。

現代における様々な問題も先人が残して下さった「教え」や「御言葉」の中に答えが見つかることもあるでしょう。
私はブログでも良く申すことなのですが、
「温故知新」
今、その意味を深く、そして真剣に考えるときなのではないのだろうか・・・そんな風に思うのです。

でもそれは、そんな難しく考えることでもないと思うのです。
まずは身近なところから始めてはいかがでしょうか。
もう、お盆は過ぎましたが、今からでも遅くはありません。
今年行かれた方も、行かれなかった方も、御先祖様のお墓参りから始められてはどうでしょうか?
別にご自分の御祖先ですから、お盆に限らず、いつでも、毎月でも行かれるのが良いと思います。

だいぶ時機を逸してしまいましたが(反省)、皆さん、今年のお盆はどうでしたか?

今回はメチャクチャ長文になってしまい、読みにくかったことと思いますがどうかご容赦ください。

| | コメント (16) | トラックバック (9)

2006年8月28日 (月)

現代と神道 ~その3~

 さて、前々回の続きです。

 どうしてもイザナミノミコトを忘れることの出来ないイザナギノミコトは黄泉の国まで逢いに行きます。

 黄泉の国・・・そこは死者の国です・・・。
 生きた者が来るのを堅く拒んでいる・・・。

 その御殿は冷たい扉が現世との間をしっかりと塞いでいました。

 しかし、愛する夫イザナギノミコトが遙々、このようなところまで訪ねてくれたことを知り、妻であるイザナミノミコトは扉のところまでやって来ます。

 すると、扉越しにイザナギノミコトが優しい声で
「あぁ、愛しい我妻イザナミよ・・・。私とお前が創った国はまだ形を創っただけではないか・・・。まだ完成したわけではない・・・。私にはまだお前の助けが必要なのだ。どうか私と一緒にもう一度戻ってきてはくれまいか・・・。」

 この呼びかけに対し、イザナミノミコトは次のように答えました。
「あぁ、愛しい我が夫よ。何故もっと早く来てくださらなかったのですか・・・。私はもうこの黄泉の国で、不浄な火と水で炊いた食べ物を口にしてしまいました・・・。私の身体はもう穢れてしまった・・・。それでも愛しい我が背の君(女性が兄、夫、恋人を呼ぶ時に使う言葉)が、わざわざ私をお迎えにおいでになったことは嬉しくて堪りません。私はなんとしても帰りたいと思います。ですからこの黄泉神達に相談をして帰っても良いか、お伺いを立てて参ります。ただ、その間はどうか、私の姿はご覧にならないで下さいませ・・・。」
そう言って御殿の中へと戻って仕舞われました。

 言われた通りに扉の前で佇み、お待ちになるイザナギノミコト。
しかし、いくら待っても愛する妻は戻ってこないのです。
待ちかねたイザナギノミコトは約束を破って扉の中へと入っていく決意を固めました・・・。

その扉の中は真っ暗闇で、イザナギノミコトは角髪にゆったその髪を留める爪櫛を手に取り、その櫛の1番大きな歯を折り、そこへ火を灯し、暗闇の御殿の中を中を先へ、先へと進んでいきました。

その乏しい光に照らされてようやくイザナミの姿が眼に映りました・・・・が、なんという有様なのでしょう!!!

 それはかつて自分が知っていた、愛する妻とは思えない・・・、身体中に小さな蛆がたかりクネクネと動き、至る処から膿がドロドロと流れ出している身体でした・・・。
 さらに、愛する妻の身体・・・その頭からは大雷(オホイカヅチ)が、その胸には火雷(ホノイカヅチ)、その腹には黒雷(クロイカヅチ)、陰処(ほと)には拆雷(サクイカヅチ)、左手には若雷(ワキイカヅチ)、右手には土雷(ツチイカヅチ)、左足には鳴雷(ナルイカヅチ)、右足には伏雷(フシイカヅチ)という都合八柱の雷神がおどろおどろしく、愛する妻の、・・・その腐り果てた身体から生まれていたのです・・・。

 さすがのイザナギノミコトもその有様を見て、恐怖に凍りつき、恐れおののきながら一目散にそこを逃げ出しました。
その逃げていく愛する夫の姿を見たイザナミノミコトは

「あなたという方は・・・。私の恥ずかしいこの有様をご覧になりましたね・・・。」

 そう口悔しげに叫び、黄泉醜女(よもつしこめ=黄泉の国の醜い女神)達に命じ、その後を追いかけさせました。
イザナギノミコトは一生懸命逃げましたが追いつかれそうになり、自分の髪を留めていた鬘(かずら=髪を留める冠)を後ろに投げ捨てました。
すると地に落ちた鬘から葡萄がなり、腹を空かせた黄泉醜女はその実を奪い合って食べ始めたのです。その間にイザナギノミコトは遠くへ逃げることが出来ました。

 しかし、その葡萄の実を食べ終えると黄泉醜女達は再び追い始め、また危なくなりました。今度は、さっき歯を折って火を灯した櫛を再び髪から外し後ろへ投げました。
すると地に落ちた櫛がタケノコとなり地面からニョキニョキと生えました。
黄泉醜女達がそれを食べている間にもっと、もっと遠くへ逃げることが成功したのです。

一方、イザナミノミコトは更に怒り狂い、自分の身体から生った八柱の雷神達に命じ、黄泉の国の軍隊をつけ夫の後を追いかけさせます。
雷神と大軍に迫られたイザナギノミコトは十拳剣(とつかつるぎ=長さが拳十個分の意)を抜き、黄泉の軍隊を振り回しながら追い払い、遠くへ逃げていきました。
それでも追っ手は追跡をやめませんでしたが、とうとうイザナギノミコトは黄泉比良坂(よもつひらさか=黄泉の国と現世との境とされる)の麓までたどり着きました。
そして、その坂の麓にあった桃の実を三つ取り上げ追っ手に向かって投げつけました。
するとその勢いに追っ手の者共は恐れをなし、悉く逃げ帰って行くのでした。

大変な危機から逃れたイザナギノミコトは桃に向かってこう言いました。
「お前は今、私を助けてくれた。この国に住むありとあらゆる命健やかな人達が、もしも辛い目に遭って苦しむようなことがあったら私と同じように助けてやってくれ。」
そしてその桃に「意富加牟豆美命(オホカムヅミノミコト=大神の実)」というなを与えました。

一方、追跡が失敗に終わったことを知ったイザナミノミコトは最後に自ら、夫の後を追ってきました。が、イザナギノミコトは「千引石」という千人力でやっと動かせるほどの大岩を黄泉比良坂の中央まで引きずってきてそこへ置き、その出入口を塞いでしまいました。
そしてその岩のところまでやって来たイザナミノミコトに向かって、イザナギノミコトは岩を挟んだ状態で事戸(これを限りに契を解くこと=離縁宣言)を申し渡しました。

この言葉を聞いたイザナミノミコトは
「愛しい我が背の君よ・・・。あなたは約束を破って私を辱めました・・・。私はあなたを許しません。その仕返しにあなたに国の人々を一日に千人ずつ絞り殺しましょう。」
これに対してイザナギノミコトはこう答えたのです。
「愛しい我妻よ・・・。確かに私はお前を辱めてしまった・・・。だからお前がそのような非道なことをするのであれば甘んじて受けよう・・・。だが、私の方は一日に千五百の産屋を建て、子供を産ませることにしよう。」

このような誓いがあったので、この国の人口はこれ以降、一日に五百人ずつ増え続け、現代に至ると云われています。また、この誓いに於いて「死」を司る立場となったイザナミノミコトのことを「黄泉津大神(ヨモツオホカミ)」とも言われる様になりました。

 さて、長い前置きでしたが、ここまで「古事記」の内容に触れてきて、今回は一つの事柄についてだけ考えてみたいと思います。それ以外は次回「イザナギノミコトの禊ぎ祓い」で触れたいと思います。

 今回はこの最後の行。イザナギノミコトとイザナミノミコトの事戸、「離縁宣言」の部分について触れたいと思います。

 ここではイザナミノミコトが辱められたことに対して怒り、そして悲しみ、その憤りからイザナギノミコトの国の民を一日に千人ずつ殺す事を明言します。
そこには、この世に「生」を受けた者はいつか必ず「死」を迎えるという生命の終わり、つまり「死の原則」が隠されているように思います。
また、イザナギノミコトはそのイザナミノミコトの憤りを、怒りを受け入れ甘んじて受け入れるという姿勢(この意訳には賛否両論ありそうですが)を以てその「死の原則」を受容し、我々人間がその「死」への唯一の対抗手段とも言うべき「子孫を残す」という行動に依って「死」というものの恐怖から解放され、より我々が繁栄をするための道を指し示しているように思うのです。
つまり、それは「生命の縦の連鎖」であり、太古の祖先から現代を生きる我々まで広遠と繋がる「Eternal Life」なのではないでしょうか。

「死」、それは恐るるにも足らぬ事である。
我々は子孫を残し、我々が築いてきた伝統や文化、歴史を受け継いでもらうこと。
それによって我らの生きた証、道統を残せるではないか・・・。

そんな風に、先人達が言っているように私には聞こえるのです。

 しかし、現代は「男女共同参画基本法」に代表される「フェミニズム」「ジェンダーフリー」などという、人間が本来、生得的に持ち合わせている役割を無視したような思想や社会状況が推進され、特に「女性の社会進出」が声高に叫ばれています。
 この「古事記」のこの項における教えの一つとして、男女の役割を必要以上に変えることなく、生得的に神様がお与え下さった役割や立場などを尊重し、お互いが助け合い、そのバランスを均等に保つことが重要なのではないか、と感じるのです。

 そして今、この日本では「少子高齢化」が加速的な早さで進行し、遂には「人口の減少傾向」が起こり始めました・・・。

 私は女性の社会進出を拒むわけではありません。また、『所謂「大和撫子」を手本とし、女は控えめにして男を立てろ』などと言うつもりも毛頭ありません。
 しかし、女性の方でも社会進出をすることよりも専業主婦を望む方も多くいらっしゃると思うのです。(私の妻もその一人です。)
それなのに、俗に言う「フェミニスト」の方や「ジェンダーフリー」を推進される方々は勿論ですが、現政府の政策の在り方までもが・・・・・と感じてしまうのです。

 このまま「女性の力」(黄泉津大神=イザナミノミコトの力)があまりにも強くなって行ってしまうと・・・・・。
 少子化は解決できないのではなかろうか・・・・・そんな危惧を抱いてしまう、今日この頃です。

   つづく・・・・・

| | コメント (6) | トラックバック (2)

2006年8月18日 (金)

現代と神道 ~その2~

 今回は「神道」を学術的に考えるとき、重要な素材の一つとなる「神道古典」から「神道に於ける死生観」について考察を深めたいと思います。

 「神道古典」の中でもとりわけ重要とされる「記紀」
 特に今回は「古事記」の中から本来は順を追ってお話をさせて頂くべきなのですが、失礼ながら1部抜粋させていただき、そこから話を始めさせていただきたいと思います。
 かなり前、途中、後を端折りますが、私なりに口語訳及び省略させて頂きながら話を進めたいと思います。

 『天神諸からこの世界の「修理固成」を命ぜられたイザナギノミコトイザナミノミコト「国生み」「神生み」を進められ、そして或る時、イザナミノミコトは火神である「ホノカグツチノミコト」をお産みになった。しかし、その火神の火の勢いが余りにも強かったため、イザナミノミコトは女陰(ほと)に大火傷を負われた。そしてイザナミノミコトはその火傷が元でお亡くなりになって仕舞われた。』

 先ずここで一つ考えたいことは、「イザナミノミコト」の死と引き替えにもたらされた「火神」がこの国の民に何をもたらしたのか、ということではないかと思うのです。
 「火」は我々日本人が弥生時代より主食としてきた「米」を炊いたり、料理をするためには欠かすことの出来ないものです。
 更にそれらを調理するために必要不可欠なもの、そう、鍋等の調理道具です。
つまり、当時で考えるならば、それは「土器」であり、「銅器、鉄器、金属器」であったでしょう。やはりそれらを焼いたり、精製したり、加工するためには「火」は欠かすことが出来ません。即ち「土器文明」「銅器、鉄器、金属器文明」もここから端を発していると考えられるのではないでしょうか。
 それを裏付けるように「古事記」の中では「イザナミノミコト」が寝込まれた際に、その吐瀉物から「カナヤマビコノカミ、カナヤマビメノカミ」という鉄や金物の神、屎から「ハニヤスビコノカミ、ハニヤスビメノカミ」という土、粘土の神、更に尿からは、後に「食物神」として良く「稲荷社」に祀られている「豊受毘賣神(トヨウケビメノカミ)」をお生みになる「ミツハメノカミ、ワクムスヒノカミ」という神がお成りになったのです。それらのことを複合的に考えるならば、日本人の「熟食の道」を開き、古代の文明社会の基礎が生まれていった、そう考えても良いのではないでしょうか。

 『イザナギノミコトイザナミノミコトの死を悲しみ、その「死」の原因となったホノカグツチノミコトの首を、怒りにまかせてたたき切ってしまう。そしてその後、イザナギノミコトはイザナミノミコトの死を悼み、その亡骸の周囲をグルグルと回りながら泣き叫んだ。

 この行は「殯(もがり)の儀」、即ち現代に於ける「通夜祭」若しくは「通夜の儀」を表現していると考えられます。つい今しがたまで動いていた愛する者が動かなくなり、それを何とかして「もう一度動いてくれ」「その手足をもう一度動かして・・・甦ってくれ」と祈り、大きな声を出してその魂を呼び戻す、所謂「魂呼び」といわれる儀式の基礎となったのではないかとも考えられます。

 『いくら殯(もがり)を行っても甦ることのないイザナミノミコトを眺め、もう動き出すことのないことを悟ったイザナギノミコトは出雲の国と伯耆の国の境にある比婆の山にその亡骸を葬った。しかし、どうしても妻のことを忘れられないイザナギノミコトは愛する妻と逢うために「黄泉の国」へと赴く・・・・・。』

 この行も前項と同様、現代に於ける「葬場祭」若しくは「葬儀、告別式」、更に「埋葬」について表現されているのではないでしょうか。「通夜」を通じもう甦らぬことを悟り、神葬祭で言うところの「遷霊」を行い、「埋葬」となるのです。現代と違うところは・・・と言えばその後の部分にある、死んでしまった「イザナミノミコト」に逢いに行ってしまった「イザナギノミコト」と違い、神式では「十日祭」などのように十日毎、仏式では「初七日」に代表されるように七日毎に、亡くなった方を悼み、惜しみ、悲しみながらも遺族がその方の「死」を受け入れるために「御供養」をされると云うことでしょうか・・・。

 しかし、そういう慣習も様々な宗教的な教えも勿論ありますが、それらに基づくということだけでなく、先人達の悲しむ姿がそういった精神的な負担を徐々に軽減させていこうとした周囲の人々の「思いやり」が育んできた、結果でもあるかも知れません・・・。 これは私の勝手な推測でしかありませんが・・・・・。

・・・・・・物語はまだまだ続きますが、次回に引っ張らせて頂きたいと思います。
・・・・・・少し、いやらしいですかね?
      なかなか更新できないので少し引っ張らせてください。(笑)

  次回はいよいよ、イザナギノミコトが黄泉の国へと赴きます!

| | コメント (12) | トラックバック (2)

2006年8月 4日 (金)

現代と神道 ~その1~

しばらくの間、いつものようなエントリに挟みまして、最近の主旨とは若干趣向を変え、「神道」というものの学術的に捉え、現代における問題を考察してみたいと考えています。
今回は「神道と日本人」というテーマで論考してみたいと思います。

まず元来の日本人と神道のつながりについて考察していきたいと思います。

日本文化の特性と神道の起源及び性質について考えていくと大変密接な関連性が見えてきます。
日本人にとって生活変化の大きな分岐点となった「稲作農耕」伝来以来、農耕中心の基盤が作られ、それまでの狩猟生活と代わり「定住生活」になりました。
そして、その「稲作農耕」がそれまでの価値観を大きく変え、日本人の精神的特徴と考えて差し支えないであろう「勤勉性」「集団性」が育まれていくわけです。
そこに「大自然」と切っても切れない関係が始まったのです。

農耕における大きな特徴として、自分達が頑張れば頑張った分だけ収穫があり、更に言えば、その収穫量を高めるために、様々な努力を重ねればそれだけの恩恵を受けることが出来たのでしょう。若干乱暴な理論ではありますが、そこから「勤勉性」という要素が出来上がったと考えます。
更に「稲作農耕」には出来るだけ多くの「手」が必要です。
そういった文脈の中で多くの日本人達が「共同体」を形成し、農耕を営む、そこには特別な「仲間意識」のようなものが芽生えてくるというよりは、日常の生活の中で、お互いを必要とし、され、自然と相手の気持ちを考え、「思いやり」が生まれてきたのではないでしょうか。それを「集団性」と考えます。

これらを前提としたうえで、その農耕に際して重要なものがあります。
      「暦」です。
安定した稲作農耕を行うために季節を知らずしては出来ません。
その季節は何によって左右されているのか・・・・・。
      そう、「太陽」です。
つまり、農耕を営むうえで必要不可欠である「季節」を司るのは「太陽」であり、所謂「お天道様」の御心一つで稲の豊穣が左右されるのです。
神道において最高神とされるのは(ご存じの方ばかりだとは思いますが)、天照大神です。
天照大神「太陽神」とされる女神であり、神々の世界「高天原」を司る神でもあります。
そして、「時間、季節」を司る神として月読命がいらっしゃいます。
さらに大海原を始めとして地上の水、全てを司られる建速須佐男之命がいらっしゃるのです。

この三柱の神様達は前述の事柄だけを司るわけではありませんが、古事記の「ことよさし」において、各々がそれらを司るように伊邪那岐大神に命ぜられています。
これらが大変重要な事柄を示唆しているように思います。

つまり、「神道信仰」の起源は「暦」が必要となり、季節を左右する太陽、雨(水)の存在が大変重要であった時期、即ち日本に稲作農耕が伝わってきた弥生時代であり、それは日本人の祖先が日本人的な性質、前述の「勤勉性」「集団性」を育み始めた頃と同時期ではないか、と私は考えます。

この私の考えを裏付けてくださるような学説も多くあります。
國學院大學学長の安蘇谷正彦氏は著書(「神道とはなにか」 ペリカン社 1994年)の中で安津素彦氏の日本文化人説(神道思想史 前篇)を支持し、神道的祭りの成立時期、神饌としての「米」の重要性、延喜式などの祭りの制度的側面における稲作農耕との関連性、日本書紀の「斎庭の穂の神勅」などに散見される関連性、さらには本エントリの上記にある日本文化の特性に見られる稲作農耕との関連性など、もっと学者らしい論説を述べられています。

そこで現代に目を移してみたいと思います。

まず「勤勉性」という点について考えると、現政府が推進する所謂「新自由主義」といわれる市場原理至上主義に基づく株式売買などによるマネーゲームの横行であったり、社会情勢、経済の不安によってもたらされた「ニート」「引きこもり」といわれる働かない、就学しない若者の増加であったり、戦後の様々な要因によって引き起こされてきた教育に関する問題など、元来の日本人の特性としての「勤勉性」は最早失われてしまったように思います・・・。
さらに「集団性=思いやり」という点について考えるともっとひどいように思われます。
様々な場面で公衆道徳といわれるものが欠けている方を良く拝見したり、近所のトラブルが元で人を殺したり、大人が子供を連れ去り殺したり、反対に子供が親を殺めたり・・・。挙げていけばキリがありません・・・。
教育現場における荒廃であるとか、マスコミの報道の在り様であるとか、「個」を尊重し過ぎるきらいがあるうえに、「教育勅語」のように自己犠牲の精神を尊べというようなことを言えば、やれ「軍国主義だ、全体主義だ」と騒ぎ立てる・・・・・。
そして先日の先帝陛下の発言とされる、所謂「富田メモ」などの報道に見られる現状など、その最たるものであるように思います。
きちんとした検証もせず、自分達の都合に合わせ恣意的な解釈、報道をし、本当の先帝陛下の御心など顧みもしない。
その発言がどれだけの影響を及ぼし、同じ日本人に対してどれ程の迷惑を与え、日本人としての心を傷つけることなのか、考えずに報道されているように思います。

現代の日本人の在り方に足りないもの・・・・・・・・・・・・・。

そういうものが本来の日本人の在り方に立ち戻れば、はっきりとした形で見えてくるのではないのでしょうか・・・。

少しエキサイトしすぎて論点がずれてきたように感じます・・・・・。
ちょっと頭を冷やした方が良さそうです・・・。(汗)
また続きは時間が出来たときにしたいと思います。
中途半端になってしまい申し訳有りません。(反省)

また、別のエントリを挟んで続きを書きたいと思います。

| | コメント (10) | トラックバック (3)

2006年5月 8日 (月)

伊勢参拝  ~その3~

またお久しぶりになってしまいました・・・。(反省)

というわけで前回の続きです。

前回は伊勢での不思議な体験をお書きしました。

その翌日、私達一行は天橋立へと一路向かうのですがその行った先でも様々な「偶然」と出会ったのです。

まず、私達は「笠松公園」へと向かうのですが、当初の予定でバスを停めるはずであった駐車場が先方の事情により使用が出来なくなってしまったのです・・・。

「なんだかなぁ・・・。」

そんな声で車内がざわめいているときにバスガイドさんから

「あの~・・・。以前来たときに利用したことのある駐車場がこの近所にあるのですが、もし宜しければそちらに確認をとってみましょうか?・・・ケーブルカーの乗り場からは少し離れてしまいますが・・・。」

とのご提案を頂き、添乗員さんから私の方に高齢の方が多いけれども、その旨で良いかとの確認を頂いたので

「結構ですよ。そこに停められればそこでお願いします。」

とお願いをしたのです。するとバスが向かっていった駐車場の入り口の看板には

元伊勢 籠神社(このじんじゃ)」

と書いてありました。

元伊勢とはいまの伊勢の「神宮」が建立される以前にお祀りされていたとされる神社であり、私自身も以前より天橋立のそばにあるということは存じていたのですが、まさかこのような形でお参りさせて頂けることになるとは思っても居ませんでした・・・。

「60回目にして本当の『お伊勢さん』と『元伊勢』の両方をお参りさせてもらえるとは・・・。 なんて有難いんだろう・・・。私はこの旅行に35回続けて参加させてもらってるけど・・・。ずっと来ていて本当に良かった・・・・・。」

総代の方の一人がしんみりと仰っていました。父も感慨耽って

「今回の旅行は本当に60回という『還暦』にふさわしいものだな。なんて有難い・・・。」

と言っていました。

偶然ではあるけれどもせっかく『元伊勢』に来られたのだから、ということでここでも正式参拝をさせて頂きました。そして神殿にて参拝を終えた後、社殿から外へ出るといきなり

「○○先生?(○○=私の本名です)先生じゃありませんか!!わぁっ!こんな所でお会いできるなんてっ!」

とお声をかけてこられた老年の女性がこちらに向かってやってきました。

私は全く見覚えがない・・・。するとその女性は私の横をすり抜けて父の所へやってきました。

そして皆さんから聞くところに依ると、その女性は以前、家のご近所に住んでらして、今はこちらの現地(天橋立付近)にご結婚を機に越してこられたいた、我社の崇敬者の方なのだそうです。

祖父の代の時に良く来られていた大変熱心な崇敬者の方だったそうです。

そしてその女性を宿の宴会にもご招待し、総代の方々や父といっしょに昔話に花を咲かせておりました・・・。

そして私も色々な昔の話を聞かせていただきました。

父が若かった頃の話。私があまり記憶にない祖父の話。総代や崇敬者の方々の話。

そして祖父や父がその方にした「信仰」に対する教えについての話・・・。

その方は話の結びに次のようなことを仰いました。

「若先生、あなたは『今の時代の人』かも知れない。でもあなたのお祖父さんやお父さんは今のような時代を危惧なさっていた・・・。お父さんは今でも真剣に考えて『信仰』とはどんな時代に於いても変わらず大切なことだ、という教えを体現なさっているんだよ。時代がどんなに変わろうとも、人が人である以上人の道、『人道、道徳』は変わらないんだ・・・。そのことを肝に銘じて、ここにいる皆さんやあなたの周囲にいる方々、救いを求めてこられた方々にそういう教えを説いてあげられるような、そんな立派な人になって下さいね・・・。それが今の大先生(父のことです)、なくなったお祖父さん先生の意志を次に繋げていくことなんだ。だからあなたは『今の時代の人』であると同時に『意志を継ぐ者』でもあり『未来へつなぐ者』でもあるんだよ。」

と言うとにっこり笑って私のグラスにビールを注いだ後、立ち上がって父の所へ行ってしまいました。

私の頭の中を色々な思考が巡らせ、何となく黙っていると、それに気が付いた総代の方の一人が私の所へやってきて

「若先生、偶然ってのはこうも重なるもんかね?不思議だよ。たった2,3日の旅行でこれだけのことが起こるんだからさ・・・。巡り合わせってのは本当に何処にどんなことが転がってるか分からないよ。でも有難いねぇ・・・。」

本当に不思議でなんだかとても有難く、温かい気持ちになりました。

宴会も終わり、部屋に戻り父に「なんだかものすごい不思議な気分だ」と言うと

「そうだな・・・。俺も後何回、伊勢参拝に来られるか判らないけど後悔は残したくないものだな。もしかしたら今回は祖父さんが俺とお前にそれを教えてくれたのかも知れないな・・・。全く根拠はないけれども・・・・・。なんだかそんな気がしてきたよ・・・・・。」

本当に色々な「偶然」に巡り会った今回の伊勢参拝旅行でした・・・。

そこで気付かせて頂けたことは確かに父の言う通り、祖父が教えてくれたものなのかも知れません・・・・・。相変わらず根拠はありませんが・・・。

ただ、「生命の縦の繋がり」「生命の連鎖」というものを、肌を以て実感したことは違えようのない一つの事実だと確信しております。

| | コメント (14) | トラックバック (4)

2006年4月20日 (木)

伊勢参拝 ~その2~

すっかりご無沙汰してしまいました。

なんだかとても忙しくて全く更新どころではありませんでした。

ではでは、前回の続きと言うことで・・・。

今回の伊勢参拝は中々、興味深いことが沢山ありました。

途中で大雪に降られ、高速道路では吹雪・・・・・。

伊勢に着くと雪はやんでいましたが、怪しい曇り空・・・・・。

まずは「外宮」をお参り(正式参拝)してから、いつもは「内宮」へお参りをするのですが、今年は猿田彦神社へ先に行きました。

「外宮」は商売繁盛の神と云われる「豊受大神」がお祀りされています。

そして「猿田彦神社」は道開きの神様、「道祖神」とも云われる「猿田彦大神」がお祀りされています。 交通安全や縁結びなどで有名で、伊勢神宮の「式年遷宮」の時に、ここの宮司さんが行列の一番先頭を以前は歩いて居られたそうです。 こちらも毎年正式参拝をさせて頂いています。

そして「天照大神」のお祀りされている「内宮」へ・・・。

「内宮」へ着くとさらに怪しい雨雲が・・・・・・。

「まぁ大丈夫だろう」と思い傘を持たずに歩き出すと、ちょうど神楽殿に着いた処で、

「ポタ・・ポタ・・・ザァーッ・・・・・」 大雨です・・・。

先に本宮へ正式参拝へ行ってから「御神楽」を、と予定していたのですが、神宮の職員の方にも、

「宜しければ、先に『御神楽』を御奉納されてはどうですか?」

とお声をかけて頂きお言葉に甘えることにしました。

そして神楽殿の待合所で待ちながら窓の外を眺めていると、ものすごい稲光と共に雷鳴が響き渡りました!!待合所にいる皆が同時に「うわぉぉぉ・・・・」と声を上げるほどでした。

「(注)若先生。あのまま、本宮に行ってたらびしょ濡れだったね・・・・・。若先生が先に『御神楽』の受付をしてくれた御陰で助かったよ。 職員さんも声懸けてくれたしね。」

(注)・・・恥ずかしながら私のことです。

と総代の方の一人が仰いました。そしてその後「御神楽」を奉納し、再び外へ出てくると、さっきの雨と雷は何処へやらというほどの青空が広がっていました。

「おぉ・・・。こりゃすごいね、若先生。一体どうなってんだろうね・・・?!(注2)先生と若先生の徳積の成果・・・御神徳かね?!(笑)」

(注2)これも恥ずかしながら父のことです。

でも本当に不思議なことに、やんでいたのです。御陰様で一度も傘を差すことなく、「内宮」を参拝することが出来ました。

何処のお宮へ行っても正式参拝をすると気が引き締まり、必ず感謝の気持ちが芽生えるものですが、今回は特に有難く思い、「神恩感謝」の念で一杯になりました。

その後、「月読宮」へお参りをして宿に着き、そこで父が、

「家を出てくるときは桜に見送られて、道中、高速道路では吹雪に吹かれ、伊勢では夕立のような大雨と雷に出くわしたし、その後は嘘みたいな晴天・・・・、今日一日でなんだか一年の天候全てに出会ったような感じだな・・・・。今年はもう、来られないと思っていたけど来ることが出来たし、不思議だけど・・・・・なんだか有難いな・・・・。」

私はただ大きく頷くだけしか出来ませんでしたが、父が感じた、「不思議な感覚と感謝の気持ちは共有出来たかな」と感じました。

   その3へ続く・・・・・

| | コメント (10) | トラックバック (4)

2006年3月29日 (水)

伊勢参拝  ~その1~

昨年の暮れから、未だ落ち着きを取り戻せない状況であります・・・。

テレビのニュースを見ながら様々な事を感じ、ブログを更新したいなぁと日々、思っていますが御陰様で大変多忙に過ごさせて頂いておりまして、中々、記事をまとめる暇を造ることが出来ませんでした・・・。

「これを書こう。」と思っていながらも、時期を逃してしまう事も続き、皆様のブログやホームページなどを拝見しながら僅かずつながら勉強しておりました。

時間が出来たのも束の間で、明日からは伊勢神宮の方へお詣りに行きます。

これはうちの神社で毎年行っているもので、今年で60回目になります。

私もそのうち、20回くらいは参加させて頂いております。

総代の方々と氏子の方々、関係の神職の方々と共に毎年欠かさず執行されてきました。

最近では以前に比べ参加される方が少なくなってきましたが、それでも続けて行っております。そしてこれからも続けて行こうと思います。

昔は伊勢参拝というと「御陰参り」や「抜け参り」といって、それこそものすごい人数が参拝されていたこともありました。

明日から神宮だけではなく、他のお宮や神社も参拝する予定で居ります。

また帰ってきたら更新しようと思います。

それでは明日は、早いので一足先に休ませて頂きます。

| | コメント (4) | トラックバック (5)

2006年3月22日 (水)

不登校

先日、私の住んでいる地区の宗教連盟からご依頼を頂戴しまして、小中学校の不登校児とその家族を対象にした懇話会で講演をさせていただきました。

講演後、何組かの親子とお話をさせて戴く機会を頂戴しました。

そこでの遣り取りでかなり驚くものでありましたのでここで御紹介させていただきます。

小学校4年生の男の子の話です。

国語の授業で自分の父親について作文を書くという課題があり、順番に教壇の前で読み上げることがあったのだそうです。

彼は「僕の父は航空自衛隊のパイロットで、僕も将来は父の様なパイロットになりたいです」という内容の作文を発表したそうです。

周囲からは「かっこいい!!」とか「すげー!!」などという彼を羨むような声が上がったそうです。

ところが、担任の教師(40代、女性)は彼が作文を読み終わるやいなや、思い切りのビンタで彼を張り倒し、「そこで正座しなさい!!」と教壇の上に彼を座らせたそうです。

それから授業を中断しその女教師は生徒に向かって演説を始めたそうです。

少年から聞いたところに依ると彼女の話は

・自衛隊は人殺しの集団である。

・そこに所属する少年の父親は悪である=少年も悪である

・現代に生きる我々は祖先の過ちをアジア諸国に謝罪しなければならない、????・・・などなど・・・

少年は当然、泣いていたそうです。すると「うるさい!!静かにしなさい!!」と言って又ビンタをしたそうです。そして授業中、ずっと彼女は演説を続け時間を繰り越してまで続けたそうです。

しかし、事態はそれだけでは済まなかったのだそうです。

学年で彼のクラスだけに毎週金曜日の放課後に「クラス反省会」という、順番にクラスメイトの欠点を互いに批判し合うというHRが在ったのだそうです。(どこかの組織の『総括』というものみたいですね) そしてその週のその『会』でその担任教師によって再び少年は槍玉に挙げられたのだそうです・・・。

そこで女教師は「○○君を善人に生まれ変わらせてあげましょう」と言ってクラスメイトに批判をさせたのだそうです・・・。

それからというもの何かことある事に彼を槍玉に挙げ、その都度「まだ○○君は人殺しのお父さんの悪影響を受けている」などとクラスメイトの前でしかりつけたのだそうです・・・。

結局、少年は登校拒否になってしまい、そのことをご両親が学校側に掛け合ったところその女教師は「減給処分」を受けたそうですが、それ以外には何もお咎めがなかったそうです・・・。

その後、少年は転校し、現在に至るそうですがその時のことがトラウマになってしまい転校先でも学校に馴染めず、不登校のままでいます・・・・・。

しかもその教師はその少年が転校した後に生徒達に向かって反省するどころか「悪人が居なくなって清々した。これでクラスに平穏が戻る」と言ってのけたそうです。

偏向教育のみ為らず、子供達にトラウマを残す様な行為をしている愚かな大人達が今日も教壇に立ち、子供達に「教育」の名を借りてまた、さらに子供達を汚す行為に及んでいるのかも知れない・・・。そう思うと居ても起っても居られない気持ちになってくるのは私だけではないと思います・・・。

その他の不登校の児童達にはもう少し、親が厳しくしても良いのでは・・・?と思うような方々もいらっしゃいましたが、「中にはこういう例も本当にあるのだ・・・」と今の教育現場に於ける問題を真剣に考え、行動できることは行動しなければならない、と心を新たにしました。

| | コメント (32) | トラックバック (8)

2006年1月31日 (火)

「感謝」と「報恩」

昨年、中学1年生の少年が母親を殴り殺したというニュースが飛び込んできました。

殴った理由は「小学6年生だった昨年から、勉強するようしつこく言われ母親に暴力をふるうようになった」との事・・・。

昨年6月にあった15歳少年による両親の殺害事件。

それもまた「父親に馬鹿にされた」という理由で両親を殺し、自宅に時限爆弾のような装置を仕掛け隠滅を図ったとの事でした・・・。

いつの頃からでしょう・・・子供達はこんなに簡単にも人に、しかも自分を産み、育ててくれた親に対して手を上げたり、或いは殺してしまったり、そのような重大犯罪が多発するようになってしまったのでしょうか・・・。

それと並行して「親」の子供に対する虐待も後を絶ちません・・・。

親が子供を「餓死」させたり、マンションの高層階から放り投げたり、或いはもっと直接的な「暴力」的な手段での虐待であったり・・・。

この国に於いて「親子の絆」というのは何処まで薄らいでしまったのでしょうか・・・。

親子ばかりではありません。

年末には小学校1年生の少女が連れ去られ殺害されるという事件も起きました。

また、直接人の命を奪うわけではないが一連のマンションの建築計算書の耐震強度偽装事件など人命を軽視するような事件が後を絶ちません・・・。

さらには、今現在マスコミを騒がせているライブドアの問題やそれにまつわる自民党執行部の対応の在り方など、人が人としての道を踏み違えていると思われるような出来事も多く見聞します。

何故、このような状況に陥ってしまったのでしょうか・・・。

常識的に考えて、人は他人に親切にしてもらえば、有難いと思って感謝し、その人のために何かをしなければならないという感覚を持つものだと思うのです。

こういう義務感の発露というのは、人間として自然な感情だと思います。

ところが、現代では義務感を発露させる「感謝や恩義」を感じなくなり、「されて当たり前」「奪えるものは何でも奪え」というような感覚に陥ってしまっているように思えるのです。

成人式で騒ぐ若者はこの典型でしょう。

行政に庇護され、教育を受けさせてもらい、安全で快適な暮らしを享受しながら、その恩義をまったく感じることができず、その恩恵を授けてくれた存在に対して無礼きわまる態度をとっているのですから・・・。

暴れて物を壊したり、大酒を喰らい、人を殴ったりするのが人間の道とは到底考えることは出来ません・・・。

それを平然としていて「若気の至り」などと気がつくときはもう遅いかも知れないのです。

人生は長いようで短いものだと思うのです。

『いろはにほへと ちりぬるお わかよたれそ つねならむ うひのをくやま けふこえて あさきゆめみし ゑゐもせすん』

むかし、小学校で現在の「五十音」を覚えるために使われた言葉です。

これはただ単に「語呂合わせ」で使われただけでなく、人生の「儚さ」を詠み込んでいるのだそうです。

『色は匂えど 散りぬるお 我が世足れぞ 常ならむ』

『花は咲き乱れ色香が漂う。人はその色香に惑わされてしまうものだ。しかしその花もいつかは散りゆく。それはこの世の平生の出来事なのだ。』

『有為の奥山 今日超えて』

『深く険しい山道を越えるように、様々な艱難辛苦を何とか乗り越えて今日まで来たけれども、』

『浅き夢見し ゑゐもせずうん』

『それはまるで浅い夢のようだった・・・。それに気が付いたときにはもう、自分の人生はお仕舞いになっていた・・・。』

という心を詠み込んでいるのだそうです・・・。

人間が人間である限りは人の道も変わるものではないと思います。

人は幸福を願わない者は居ないでしょうし、災難を喜ぶ者は居ないでしょう。

幸福は「感謝の心」からその感謝の事柄に対し「報恩の念」で応えることによって生れるものだと思うのです。

私達人間は、喜びと感謝に満ち、それに対する報恩に因って充実した真実のある一日を生きるべきだと思うのです。(師匠の受け売りですが・・・(^^;))

私の好きな言葉で「先人が木を植え、後人はその木陰で憩う」というのがあります。

ここに登場する先人と後人はたまたま同時代に生まれ落ちることはありませんが、この両者の間に会話はしっかりと成立しているのです。

先人は後人がここで憩うであろうことを期待し、自己の生が時を超えることをその木に託すのです。

そして後人は先人に感謝するのです。『有難いと・・・。

「人の生なんて所詮はちっぽけなもんだ。でも、俺の行為が後に続く人々のためになるのならば、それはそれで価値ある一生だったというべきなんだろうな」との先人の想いが一本の木に託され、その想いがわかるからこそ後世の者は感謝を抱くと共に感慨に耽るのです。

「俺は後世の者に何を残せるだろうか」と。

以前に書いたエントリに引用させていただいた先生のお言葉をまた引用させていただきますが、

『古人は『積善の家に余慶あり』と教えている。世の中が真暗闇見えるのは、即ち己の心が暗い行為に過ぎない。人は心掛け次第で如何にも立派に成れるものである。』

つまり、「善い行いを重ねる人物の家には余りある慶びがある」という意味であり、人の道に沿った暮らしを営み、どんな世の中でも明るく過ごすことが重要であり、日々、「感謝」を重ねていれば自然と「報恩」の念が生まれ、そこから慶びが現れてくるのだと思うのです。

『本来、人は神の分身なるが故、駄目な人間はこの世に一人も居ない筈である。「資本が無い」「若い」「学問が無い」から駄目な人間であるとは決められない。駄目な人間とは、行う以前に「俺は出来ない」「俺は駄目だ」と自分で決め付けていてやろうとしないだけのものである。

「やれば出来る」

この信念を持つことである。苦を越え、焦りを押えて一つの事を成し遂げた時の歓喜、自己が自己に克つ体得が大きく人の一生を支配し、最終の美を飾れるのである。反省は過去の失敗や過ちに心を腐らせ胸を痛めつけることでなく、失敗や過ちを自心の養いとすべきである。』

そんな心構え、気構えを持って過ごすことが出来れば自己の過剰な欲求を発散する行為、即ち、冒頭で述べたような事件が起こることはないのではないか、と思うのです。

そして今度は後世を生きる者達の為に、先人としてそういった「心構え」や「気構え」を語り継ぎ、この国のそんな美風を「良い木」として残していくことが我々に課された使命であり、人としての務めではないか、偉そうですがそんな風に思う、今日この頃です。

| | コメント (14) | トラックバック (4)

2006年1月18日 (水)

私の思う作法

先日、かついちさんから神社などの参詣、参拝についての作法について幾つかご質問を頂戴いたしましたので、その質問にお答えしながら私の考える「作法」について触れてみたいと思います。

一般的に神道の礼拝というのは「ニ礼二拍手一拝」というのが基本作法ですが、そのお社やお宮によっても作法は異なるものであり、また神道系の宗教団体ごとで作法は異なるものなのです。キリスト教でもカトリック系とプロテスタント系で礼拝儀礼が違うように、です。

初詣でも御自身の氏神様にあたる神社をお参りし、その後に現在、ご自身が信仰されている神様の祀られているお社やお宮、教会などを参拝されるのも多くの御陰を賜るためには良いことですし、御守や護摩札などもご自分の御祈祷(感謝や厄除けなど)の為に御作りになられたり、購入されるのも結構なことであると私は思います。勿論、誰かの為に祈祷されて護摩札や御守を作られたり、購入されるのも全く問題ないと考えます。

こういったことは色々なところに行かれるとそこの宮司さんが独自の見解を持っていることも少なく在りません。(私もその一人ですが・・・。)

私共の社では毎年、総代の方々と一緒にお寺さんに御篭りに入りますし、伊勢神宮にも参拝します。伊勢神宮参拝の際にはその道中でお寺さんや観音様、様々な神社仏閣にも参拝します。(伊勢神宮の神官の礼拝作法は『八手』という作法を使います。ニ拍手では無く八つ手を叩きます。参考までに。)

そこで多くのことを学び、また自分たちの信仰を深くする、そういう取り組みも必要であると考えています。ですから「こうしなくてはいけない」というものはそれほど数多くは存在しないと思います。

そして、そういう考え方こそがある意味、「神道」という信仰であると考えます。

ありとあらゆるものに柔軟に、且つ寛容に受け入れる。ある種、「曖昧」という表現をしても良いのかも知れません。

それが一神教の国々の方々や大陸系儒教の国々の方々と異なる、日本人独特の民俗性に通じているように思います。

そういう日本人の感性、民俗性、即ち「日々の周囲にある全てのものに対する感謝の心」、「他の意見を聞き入れる寛容な精神」、それらを生活に生かしていく心構えが日々必要であることを認識することが重要であると思います。

排他的な精神は神道の概念には余りありませんし、他の宗教を受け入れる土台が昔からあると思います。

それは「本地垂迹説」に代表される日本人の精神性というか「素直な心」に起因するものではないかと考えます。純粋に「この教えは素晴らしい」とか「見習うべきものがあるな」と感じる心から生れてきているのだと思います。

我々の祖先は本当に素晴らしい教えを残してくれているなぁ・・・・・。

(一人悦でおしまいです。(汗))

| | コメント (20) | トラックバック (4)

2006年1月 5日 (木)

遅ればせながら・・・新年明けましておめでとうございます!!

皆様、遅ればせながら

新年明けましておめでとう御座います。

今年も宜しくお願い致します。

いや~。やっと更新できました。

まだまだ時間はあまり作れないのですが、久しぶりにまともにパソコンの前に座っています。

年末年始にコメントやTBを下さった皆様方、有難う御座いました。

レスポンス遅れて申し訳ありませんでした。これに懲りずに今年もバンバン、コメントやTB下さいね!!

今年もたくさん勉強して色々な問題を思うままに書いて行きたいと思います。

皆様今年もご指導、ご鞭撻を宜しくお願い致します!!!

| | コメント (22) | トラックバック (2)

2005年12月25日 (日)

季節労働者・・・

最近、更新が全く出来ません・・・。

神主という職業は本当に季節労働者のようなものなんですよね・・・。

正月、お盆、お彼岸、七五三、・・・・・・・etc そんな中でも特に正月は忙しいのです・・・。(言い訳です。・・・汗)

拙ブログを訪問して頂き、たくさんのTBやコメントを頂戴しておきながら、レスポンスが遅れまして大変ご迷惑をおかけしております・・・。(反省)

暫くは少しずつ更新と返信をして参りたいと思いますのでどうか御容赦頂きたいと思います。申し訳ありませんでした。(更に反省)

気になった事があったら書くかもしれませんが、年内の更新は恐らくこれが最後になると思います。

皆様、今年一年、有難う御座いました。

また来年も宜しくお願いいたします。

良いお年を!!

| | コメント (15) | トラックバック (2)

2005年12月 3日 (土)

公衆道徳というバランス感覚

最近、街を歩いていたり、車で移動をしていると良く思うことがあるのです。

信号機は完全に赤なのにゆっくりと、そして堂々と交差点を通過する歩行者や自転車の方々。主に高校生ぐらいの若者が多いのですが、それと同じくらい多いのが50代から70代くらいの高齢の方。

うーん・・・・・。

モラルというか常識というか、人に対する認識の不足というか・・・・・。

単純に、「自分がされて厭なことは誰だって厭」だと思うのですが・・・・・。

年端のいかない子供達ならともかく、大の大人、いい年したおっちゃんやおばちゃん、子供連れの主婦の方などなど・・・・・。

道路の歩き方、自転車の乗り方、そしてその他諸々の所謂、「公衆道徳」といった感覚が忘れ去られているように感じているのです・・・。

恐らく、こういう歩行者や自転車の方は「だって、交通弱者の保護の法則があるんだから車の方が気をつければいいでしょ」などと思っておられるのでしょう・・・。

先日、私の住む町の小学校で、ある生徒が給食の時間に「いただきます」を言わなかったことを教師が注意し、その生徒が帰宅した後、両親にその旨を伝えたそうです。

すると、両親が学校へ出向き、その注意した教師に向かって「家は一度だって給食費を滞納したことは無い!!払うものをきちんと払っているのだから『いただきます』なんて言わせるのを強要しないでもらいたい!!!」と仰ったのだそうです・・・。

またある日、電車に乗ると車内の床に「ベタッ」と座り込んでいる高校生の3人組がいました。それを発見し、私が「そんな所に座ってると皆さんの邪魔だ!」と一言言うと「チッ」などと舌打ちをし、「なんだぁ」とぶつぶつ文句を言いながらも車内の方々の視線のプレッシャーに負けたのか、次の駅でバツが悪そうに降りていきました。すると隣に立っておられた50~60代くらいの中年の男性が「全く、今時の連中はなっちゃいないな・・・ブツブツ」と小声で仰っていました。

しかしその時、その男性のポケットから携帯の着信音が・・・。そして「マナーモード」にしていない事を悪びれる様子も無く、大きな声で「もしもし?あっ、今?電車。大丈夫、大丈夫。」・・・・・。

半分呆れながらも「車内での通話は皆さんに迷惑ですよ」と注意するとチラッとこちらを見た後は完全無視!!そのまま通話を続けられておられました・・・。少し腹が立ったので「『人のフリ見て我がフリ直せ』と言いますよ」と言ってしまいました。結局最後まで通話を続け、電話を切った後に私に聞こえるか聞こえないかくらいの小声で「最近の若いのは目上に対する礼儀も知らんのか・・・・・」と一言。私は呆れてものも言えませんでした・・・。

そして最近のニュースでは「子供に引ったくりをさせる母親」や「母親に毒物を飲ませ観察する女子高生」や「通りすがりの幼児を殺す大人」など、今までの感覚ではありえなかったであろう犯罪が多発しています。

例えば「BSE問題」や「耐震建築計算書偽造問題」などもそういった、「自分が食べる、住む訳ではないからまぁいいか。」というような利己的な感覚から生じたものと言えるのでしょう。

そして現在の自民党の執行部のように、これまで党に対し大きく貢献されて来られた方々を「処分」と称し力を削ぎ、或いは失脚させる様な政治家の在り方がまかり通り、更にライブドアや楽天、村上ファンドのような法的に正論であっても、人道的に決して褒められない様なものの進め方が横行する世の中で、そういった事件や出来事が起こることは必然なのかもしれません・・・・・。

「法律で守られているんだから我々は保護されて当たり前。悪いのは自分よりも大きな車の方だ」

「金さえ払えばそれでいい」  「若いのはなってない」

「拝金主義」や「勝ち組絶対主義」、そして「行き過ぎた個性の尊重」

それらが「新自由主義」の目指すべき姿であるならば、誰にとっても住みにくい、暮らしにくい時代の到来なのかもしれません・・・・・・・。

誰もが自分が大事で、自分がかわいいのは当たり前。

しかし、それは全ての人が同じことです。

皆が皆、同じように自分が大事で自分がかわいいのです。自分だけではないのです。

だから人間には「思いやり」だとか「尊敬の念」が必要なのだと思うのです。

全ての物事に、全ての人達に「感謝の念」を持って「敬意」を払い、「思いやり」を持って接すること。  

そういう人として当たり前の「公衆道徳という、人と人とが付き合う上で、ルールとも言うべきバランス感覚」が不足してはいけないと思う、今日この頃です・・・・・・・・・。

| | コメント (25) | トラックバック (9)

2005年11月26日 (土)

感謝の心  ~ある夜の出来事~

うーん・・・・・やってしまいました・・・・・・・・。

最近、忙しく過ごさせて頂いていたのですが、寝る前にうっかり体を伸ばした時に・・・・・。

「ぶえはっくっしょい!!!・・・・・・・っ!!!!!!!」

くしゃみと同時に腰に激痛が・・・・・!!!

こ、これはまさか・・・・・・・・。

持病の椎間板ヘルニア発症でございます・・・・・・。

現在、腰が痛くて何も手につかない状態であります・・・・・・。

何年かぶりに出てきてしまいました、私の持病様でございます・・・・。

今も横になりながらパソコンをいじっております。

悲しいかな・・・。カミさんは育児に追われ、年末も間近に迫り当然、神社である我が家は忙しく、皆がてんやわんやと立ち回っております・・・・・。

権宮司でありながら情けないこと、この上なく・・・・・・・。

こんな時、本当に己の健康や家族に感謝ができますね・・・・・・。

普段、何も考えず飛んだり跳ねたりしている時は感謝が足りなくなるのでしょう・・・・・。

神様がきっと

『最近のお前は健康であることに対して感謝が足らんぞ!!』

『お前は家族やお前の下で働いてくださる方々、何よりも仕事が忙しくできることへの感謝も足りん!!!』

と仰っているに違いありません・・・・。

こうして気付かせて頂ける事にも感謝せねば!!

・・・・・・・。

自己の周囲で起こる全ての事象は、何の意図も脈略もなくある日突然起こるものではなく、何かが不足し、或いは過剰になった時に『これではいかん!!』といって人間が気付くために起こるものであると私は考えています。

新聞やマスメディアが発信する情報を真に受け、色々な都合の悪い事柄から目を背け、己の保身や立場を守ることに汲々とし、他人の親切やそこにあるものが全て当たり前かのような錯覚に陥り、自己の啓発を怠り、感謝を忘れ、そのものの本質を忘れているのかもしれません・・・・・。

そう考えると、郵政民営化や総選挙に於ける自民党の在り方、BSE問題や外交問題、米軍基地移転問題、現状の政界の動向、ライブドアと日本放送や楽天とTBSの問題、マンション建築計算書偽造問題、そして憲法改正、皇室典範改定問題など・・・・・。

「物質過剰」「心不足」の私達日本人に対して

『今の世が太平で恵まれていることに感謝が足らんぞ!!早く気が付け!!』

と神様が仰っているのかも知れません・・・・・。

| | コメント (17) | トラックバック (6)

2005年11月13日 (日)

今の日本人に求められるナショナリズムとは・・・

先日、拙ブログでも取り上げた「国家の罠」(新潮社2005年)。

その後、発刊された佐藤優氏の「国家の自縛」(産経新聞社2005年)を読みまして・・・。

この佐藤優さんという方は同志社大学の大学院神学研究科卒でありまして、私とは畑が違いますが同じ、神学の研究者という共通項があります。

人物的にも大変興味深く、私とは比較にならないほどの知識量と深い見識、造詣をお持ちでらっしゃいます。

しかし、この「国家に自縛」を読み、考えるプロセスに大きな違いはありますが、結論が同じ、もしくはかなり近い見解にいたる部分があり、それについて引用をさせて頂きながら、私の考えを述べて行きたいと思います。

P76~77

戦後、日本人は国家のあり方、伝統的言葉で言うならば国体に関する問題を放置しすぎた。そのために無責任なコスモポリタニズムと危険な排外的民族主義への言説の二極分解が生じています。 ~中略~ 弥縫策で負のエネルギーをため込むよりも、この辺で小泉首相が正々堂々と靖国神社を参拝し、正面から中国や韓国と対峙することを通じて、日本国家がどのように近隣諸国と付き合うべきかを徹底的に考えた方が良いと思います。そこから日本国家のあり方、つまり国体を日本人が真剣に考え、「誠心」を見出すなら、中国や韓国の名誉と尊厳を担保しつつ、日本の名誉と尊厳を維持、発展させる道を見出すことができると私は信じているんですよ。

この部分には全く以って共感しました。私も日頃、講演をする時によく言うことなのですが、「靖国問題は本来、『外交問題』ではなく『ドメスティックな宗教問題』であると思う。参拝に反対されている国々は大雑把な括りではあるが、いわゆる『大陸系儒教』の国々であり、日本の『神仏』、神々と仏が混在する宗教観とは相計ることのできない存在である。である以上、この問題に対しては日本政府が誠実に、そして徹底的に説明を続け、理解を求める以外に解決はない。それができなければ、いつまでも国内に於いて混乱を招くようなナショナリズム議論も解決しないし、不要に批判的な国々を刺激し続けるだけだ。」と思います。

P82

冷戦終了後、グローバリズムという名の下で米国一極主義が勝利したかの如く見える。しかしグローバリズムを徹底的に純化することはできない。そこには超えることのできない民族/国家、そして文化の壁があるからだ。グローバリズムは虚偽の意識体系である。従って、それに反発するアンチグローバリズム運動も深い所で現実に影響を与えることはできない。

繰り返しになるが、この世界の基本構造は、ネーション(民族/国家)を基礎とするインターナショナリズム(国際主義)である。個人は民族/国家を媒介として世界に至るのである。従って、ほんとうの愛国者が国際人になる。日本国家、日本人に対する心底の愛がないならば、そのような人は国際社会でまともな相手にされない。

この部分に関しても以前、講演を行った時に「一人の人間が国際社会に出て行くとき、恐らく『貴方はどこの国の人ですか?』とか『どこから来たのですか?』と聞かれるでしょう。仮に『貴方の国はどんな国ですか?』と聞かれた時に、自分の生まれ育った国を誇れないような人間が果たしてそういった場面で通用するだろうか。国際社会に於いて日本という国家、そして我々日本人が生き残っていく為には、単純に国際情勢に長け、国際感覚に優れた『国際人』を育成していくのではなく、自らが生まれ育ったこの国を、自分たちの祖先が築き上げてきたこの日本を、世界のどこへ行っても誇れるような愛国心を持った『国際的な日本人』を創り上げていくことが必要である。」と述べたことがあります。

外交に対する見識や諸々の知識量など、まぁ、佐藤氏と私では同じ土俵には上がれないほど大きな差はありますがある意味、畑は違っても同じ神学を学び日々造詣を深めるための努力をするもの同士ということなのでしょうか・・・。

しかし佐藤氏と私の何よりの共通項は二人とも「日本人」であり、「この国を愛する、愛国者」である、ということなのかも知れません・・・・・。

興味をお持ちの方は是非、「国家の自縛」(産経新聞社2005年)読んでみてください!!

面白いですよ!!!・・・・・・・・・・・CMみたいかな?(笑)

| | コメント (11) | トラックバック (3)

2005年11月 6日 (日)

第3子誕生!!!!

めちゃくちゃ私事であります。

第3子が誕生いたしました!!

予定では来月だったのですが、1ヶ月も早く産まれて来てしまいました。

最近、更新していなかったのも決してサボっていた訳ではありません・・・・・。

たくさんのTBやコメントを頂いていたにもかかわらず、レスが遅れてしまいまして大変失礼致しました・・・・・・・。

しかし今更ながら家の「カミさん」の偉大さが身にしみます・・・・・。

普段、いかに「カミさん」に依存しているか、こんな時にならないとなかなか気付けないものですね・・・。

二人の子供は全く私の言うことを聞いてくれず、口を開けば

「お母さんは?」

うーん・・・・・・・・・・。

父の威厳の無いことこの上なく・・・・・・。

しかもタイミング悪く、仕事の方では宮司(私の父ですが)が持病で入院し、権宮司である私が一人で仕事を切り盛りしなければならなくなり、「育児」と「仕事」の両面で負担が増大し、その上、本人は季節の変わり目でやられ「風邪っぴき」であります・・・・・。

そんな状態ではありますが微力な私を支えてくださる「氏子」の方や多くの「先生」方もいらっしゃいますし、そんな私を頼ってくださる方々もいらっしゃいます。そして何より大事な「母ちゃん」と「子供達」が居ります。

「父ちゃん、こんな事でへこたれてはおれんぞー!!!」

と決死の覚悟で今、記事を書いています。

・・・・・・・おいおい、決死の覚悟ならもっと他のところでしろよ・・・・・・・・・。

そんなお声も聞こえてきそうですが・・・・・・・。

まぁまぁ、どんなことでも頑張ると言う事はいいことですよね!

「有難い」という字は読んで字の如く「難が有るからこそ有難い」ものなのだとつくづく感じさせていただきました。

色々、苦労できるということは生きているからこそ。

子供の面倒を見れるのも自分の体に自由があるからこそ。

仕事させていただけるのも多くの方の御陰を戴いてこそ。

今を生きていられるということは多くの周りの方の御尽力があって初めて生かされている訳ですから。

人は誰でも一人では生きていけませんから。

家族や自分の周りで御陰を下さる方々があるからこそ強くなっていけるのだと思います。

偉そうな物言いで失礼致しました・・・・・・(反省)。

でも、これだけは書いておきたい。

「母ちゃん、いつも有難う!!これからもよろしく!!」

それと子供たちへ「父ちゃんこれからも頑張るからぞ!!よろしくな!!」

うーん・・・・・・。一人悦ですね・・・・。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2005年11月 1日 (火)

迷走・・・・。そしてまた迷走・・・。

今日、第三次小泉内閣が発足しました。

先日は郵政民営化関連法案の所謂、「造反議員」達の処分が行われ、大々的に報道されました。

拙ブログに於いて、選挙前に離党届を提出したにも拘らず「除名」処分を受けた方々については述べさせて頂いた通りでありますが、今回の処分での一幕はどう理解したらよいのか、真剣に考えねばならないと思います。

まず、「除名」という不名誉且つ、理不尽な処分をされた方々はまさに格好の「見せしめ」とされたということであります。 先日のエントリーにも書きましたがこの方々は党内審議も充分でない法案を自民党執行部が勝手に国会に提出し、その決議に対し反対した議員の方々を党議拘束にかけ党公認を与えず、致し方なく新党を立ち上げた結果、自民党公認候補と対決せざるを得なくなった方々を「公認候補の選挙活動を妨害した」として処分するという傍若無人な振る舞いの犠牲者であります。

そして今回、処分をされた方々も同様にその決議に反対され、同じように公認候補の選挙活動を妨害しました。 ここで私にはどうしても腑に落ちない点があるのです。

何故、選挙前に離党届を提出し新党を立ち上げられた方々は「除名」で選挙後に自民党に籍を残しておられた方や、離党届を提出したり、またその意志を告げられた方々は「離党勧告」なのでしょうか。

仮に自民党執行部が言われる事に筋を通すのであれば、この方達も「除名」でなければならないのではないのでしょうか。

そして選挙後にその結果によって己の信念を曲げた野田聖子氏を始めとする方々と最後まで信念を貫かれた平沼赳夫氏との処分が同じであるというのも、納得のできるものではありません。

これは明らかに自民党という大組織のエゴイズムであり別の意図を感じずにはいられません・・・・・。

仮に「除名」されれば復党への道は閉ざされたも同然ですが、「離党勧告」に従って10日以内に離党すればいずれは復党できるということです。

何年か後の復党を餌に、一言で言えば「我らが納得するだけの手土産を用意しろ」という事に他ならないのではないのでしょうか。

そして多方面に影響力を持つ平沼氏にはある種の「貸し」を作っておきたいということではないでしょうか。

今日の内閣改造も昨日の武部幹事長の言葉通り「偉大なるイエスマン」というような方々が名を連ねていました。

言うに事欠いて「偉大なるイエスマン」とは・・・・・・・・。

この「偉大なるイエスマン」の面々は「除名」された方々のように理不尽な処分をされることに怯え、結局の所、己の信念も通せない、やはり単なる「イエスマン」なのでしょう。

本当に残念ですが国の政を司る方々がこういう有様なのですから今の世から「イジメ」や「虐待」が無くなる訳がありませんね・・・・・。

まさにこの国の「迷走の構図」が今の自民党の在り方に集約されてしまっているようです・・・・・・・・・。

| | コメント (4) | トラックバック (8)

2005年10月20日 (木)

「靖国神社参拝問題」に見受けられる現状を鑑みる

小泉首相、靖国神社に参拝

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051017-00000022-jij-pol

参拝については賛否両論、様々な意見がありますが私個人の意見としては「参拝すべき」と考えています。

「戦犯合祀」の問題が取り沙汰される中で、私が述べたいことは戦争で亡くなった方々の「死」に対する考え方です。

日本の宗教観というものは世界的にも特殊であります。

長い歴史の中で「神道」という民族信仰を生み、「仏教」という外来宗教と共生させて来ました。 その結果「神仏混淆」という独特な宗教観を作り出したのです。

そして「神仏」の概念に於いて「死者」=「仏様」という方程式が成り立つ訳です。

この国独自の信仰である「神道」というのはヨーロッパなどの民族信仰に見られる「アミニズム」、所謂「精霊信仰」に通ずる部分が多数あります。

例えば「お天道様」は神であり、「大地」は神である。この地球上に在る全てのものに神が宿っており神の力の御陰を持って存在たらしめているものなのです。 その時代ごとに暮らしている人間の「不足」の部分を補おうとするものであるのです。

そして「戦争」でさえも神の力によって引き起こされるわけです。

その時代に生きる人間に不足している「何か」を気付かせたり、「不足」を補い、後に現在のような平和で豊かな国を創る足掛かりを与えてくださったと考えるのです。

そうすると「戦犯」であろうがただの一兵士であろうが、一市井であろうがその時代の流れによって犠牲になった方は全て「仏様」であり、「時代の殉難者」であるとの考えに至るわけです。

この犠牲者の方々にもその時、家族が在った訳ですし、今も生きておられる子孫が存在するのです。 そういった方々にとっては例え「戦犯」であったとしても「御先祖様」にあたる訳です。どんな人だって祖先無しに自分の存在は無いわけですから「御先祖様」は無条件に有難いものと言えます。それが例えどのような人格の持ち主であったとしても・・・です。

確かに戦争はいけないものです。しかし、戦没者というのは文字通りこの国を死ぬ気で守ろうとした結果亡くなった方達であり、決して侵略の為に無駄死にして行った訳ではないと思うのです。私達の祖先はむやみやたらな侵略行為を行ったのではなく、その「時」の流れによって国益や国民を守る為に戦争へと進んで行ってしまった・・・。
私はそう信じています・・・。

「御先祖様の死」を「無駄死にである」と切り捨てることができますか?

この参拝が意味するものは「我々の祖先を不当な侮辱から守る」ということであると考えます。

これを仮に「無駄死にである」と論じるのであれば、死者の行為を否定し、あまつさえ死者の想いを曲解する、不遜の極みであると深い悲しみを感じます。

しかし、残念ながらマスコミが繰り広げる「靖国問題」はこういった部分が欠落している上に、本来ドメスティックな問題である「国内の宗教的な問題」を「外交問題」に多く置き換えて報道されているわけです。

中国を始めとする参拝に対して批判的な国は所謂「大陸系儒教」の国々ですから、たとえその方が亡くなったとしても、その方が生前犯した罪は消えないものと考えるのです。そういったものを鑑みれば日本の「神仏」の概念とは相計ることの出来ない存在である訳です。 然しながら小泉首相の発言は本筋とかけ離れたものであり、参拝の手段についても中途半端でありました。 ですから、これから政府は本筋に沿い、しっかりとした説明をし、理解を求めることにもっと尽力しなければならないと考えます。そして日本人の宗教観を理解させ、そういったものが外交の手段としては相応しいものではないことを認めさせる必要があると考えています。 そして先人が苦労して築きあげて来たこの国を「平和な国家」として守り抜いていく事こそ本道なのではないか、と思います。

だからこそ先達の御苦労を知り、その思いを汲み、御霊を敬い、鎮め、慰める。

「かつて戦争があり、多くの方が亡くなった。そういった先人達の御苦労があって今の豊かで平和な日本がある。だからこそ、そのような惨劇を二度と繰り返してはならない。それこそが戦後、日本が平和国家として誓ってきたことであり、これから先、国際社会に於いて、果たさねばならない役割である。」

私は次代を担う子供達にこの事を語り継いでいきたい、そう決意しています。

| | コメント (11) | トラックバック (4)

2005年10月 7日 (金)

この国の子供達の将来を憂う その2

学校というのは多くの友達と遊び、色々な課外活動をし、そして授業にて勉学を学ぶ。

そういう場所であると同時に、子供たちの人格の形成に於いて多大な影響を与える場所であります。

そして子供たちが後に出て行くであろう「世間」というものの在り方を共同生活を通じ学んでいく場所でもあるでしょう。

私、個人は学校というものは「およげ!たいやきくん」の唄のようにある程度人間を鋳型にはめるシステムだと考えております。

それは何故か。

中には「そんな考えは子供の個性を殺し、画一的な人間を作るだけだ」というような声も聞こえてきそうですが、私はそういう意見の方に逆にお聞きしたい。「では、あなたは真っ黒に焦げたタイ焼きやあんこの入っていない皮だけのタイ焼きを食べる気になりますか?」と・・・。

そもそも、子供たちの「個性」とは一体どのように育まれて来るのでしょうか。

伸び伸びと、自由に、その子の持っている全てを尊重し、大人達が寛大に見守る。

それが子供たちの「個性」の成育、「人格」の形成につながっていくのでしょうか?

私はむしろ「個性」というものは抑圧され、叩かれることを通して鍛えられていくものではないかと考えます。「自分の思う通りには生きられない」と理想と現実のギャップを感じ、それを悩むことは大概の人は経験をすることでしょう。人間、特に「思春期」の若者にとってそういった現実と向き合い、戦うことを通して「己」の存在について自問自答し、そして生きるべき道を見つけ、進んでいく・・・。それこそが「個性」が作られいくて過程であり、人格の形成というものではないのでしょうか。

現在、学校に於いてなされる教育の中に「ジェンダーフリー教育」というものが在ります。

それは男女平等、女性差別の概念の除去、一人の人間、「個」として生きていくことへの在り方、そういった概念に基づいた教育を施す目的で用いられたものなのでしょう。こういった考え方や差別をなくそうとする動きを推進するということ自体は絶対に必要なものであります。

しかし、現在の「ジェンダーフリー教育」は多くの社会問題を生み出しています。

低学年からの過激な性教育や、所謂「らしさ」の否定、言葉狩り問題、挙句の果てには「桃太郎」を始めとする童話などの否定etc・・・・。

教科書などの問題もここにあります。歴史教科書や公民教科書だけでなく、家庭科や国語、倫理の教科書についても多くの問題があると感じています。

国語の教科書には学説的に間違いがあるのではといわれるジェンダー関連の論文を引用した文章が載っていたり、家庭科の教科書ではとり方によっては離婚やシングルマザーを奨励するような文面で物が書かれていたり、倫理の教科書については時代考証を明らかに間違えて「ジェンダーフリー」を必要以上に正当化する内容になっていたり・・・。

進む方向、間違ってやしませんか?

子供たちに伝えなければならない物事の本質を見誤っていませんか?

「男が偉い」とか「女は従属するべきだ」なんて・・・過大解釈としか私には感じられないのですが・・・。

私が思う「男女平等」や「男女共生」とは、男女がお互いの「質」の違いを理解し、尊重し合い、感謝し、助け合い、そしていい意味で「鍛えられた個性」を発揮していける社会、家庭を構築していくことだと考えています。

そして、そういった社会を実現していくことに努力を惜しまず、大人達が物事を本質的に理解し、尽力する。

その姿こそが子供たちに伝えるべき本質、そして「学校」の在るべき姿ではないかと思うのです・・・。

| | コメント (16) | トラックバック (1)

2005年10月 4日 (火)

この国の子供達の将来を憂う その1

先の総選挙に於いては小泉首相率いる「自公連立政権」の圧勝に終わりました。

しかし、選挙戦の過程に於ける小泉首相らの在り方は実に茶番でありました。

「刺客」やら「くの一」やら・・・・・・。

「郵政民営化にYESかNOか」やら「官から民へ」やら・・・・・・。

「御題目」並べてイメージだけで選挙戦を戦い抜くなんて「小選挙区制選挙」であればこそのやり方ですね。

そしてそこにまた「彼」得意の騙し討ちが潜んでいた訳で・・・・。

選挙前、サラリーマン増税について「政府税調は間違っている」って言ってませんでしたっけ? それが「サラリーマンだけをターゲットにしているわけではない」なんて・・・。色々なものに付いていた控除の見直しをするってーのはサラリーマン増税じゃなくてなんなんですかね?定率減税についてはサラリーマンも自営業者も関係ないから「サラリーマンだけを」じゃないってことですか?(下記URL参照)

http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/mnews/20041006mh05.htm

http://ts.way-nifty.com/makura/2005/09/post_1d4e.html

小泉さんや竹中さんのような「新自由主義者(ネオ・リベラリズム)」は結局のところ「勝ち組」と「負け組」に分けて物を考えるわけですよね。「市場原理の絶対化」、それと「政府機能のダウンサイジング(つまり「小さな政府」)」、その行く末にあるものは「小さきものには死を、大きなものには生を」という弱者切捨ての結末を迎える以外にないのでは・・・?さらに小泉首相の独善的な政治手法を見ては・・・・・。

このような現状を目の当たりにして、私達、親は子供に向かって「世間」というものをどう説明したらよいのでしょうか・・・・。

「この世は弱肉強食。騙さなければ騙されるし、陥れなければ陥れられる。だから、どんな手を使ってもいいから世間の『勝ち組』になりなさい。そうなれなければ人間なんてクズ同然なんだから。」

とでも言わせたいのでしょうか?この「新自由主義」を正しく、子供たちに理解させるのに今回の小泉さんの手法は子供達のお手本たる在り方なのでしょうか?

普通の人は人に親切にして貰えば有難いと感謝し、その人の為に何かしてあげたいという感覚を持つものです。こういった感情を抱くことは人間としてごく自然なことです。

しかし現状のように、今まで同僚であった方々を放逐し、失脚させ、さらに残った方々も言うことを聞かなければどのような処分が待っているかも知れないような政治の在り方が横行する。

その様をマスコミを通じて子供たちが見て、果たして何を感じ、何を思うのか・・・・・。

それが「勝ち組」の在り方と感じ、「恩義」に対して「感謝」を感じなくなり、「されて当たり前」「利用できるものは何でも利用し、いらなくなれば捨てればいい」そして「奪えるものは何でも奪え」となってしまうのかも知れません・・・。

既に成人式で騒いだり、暴れたりする若者や、親に叱られたからと言って親を殺してしまう少年はこういった感覚に陥っているのでしょう。にもかかわらず、そういった青少年に対して手本を示すべき大人、それも内閣総理大臣という日本人を代表する存在にある方がこのような立ち居振る舞いをされるのは如何なものでしょう。先述の若者たちは国や地域、親に庇護され様々な教育を受けさせてもらい、さらには安全で快適な暮らしを享受しながらも、その恩義を全くと言って良いほど感じることが出来ず、その恩義を与えてくれた存在に対して無礼極まる態度を取ったり、或いは殺してしまう・・・。人間として最低といえるでしょう。

そして現在、小泉首相がとっている政治手法はそれと、然程、変わりはないのではないかと感じています・・・・・・・。

この国の子供達の未来が不安でたまりません・・・・・・・。

| | コメント (10) | トラックバック (8)

2005年10月 1日 (土)

人権擁護法案っていったい誰の人権?

なにやら、なにやら・・・。

今回の郵政解散で大勝した自民党。

結局、勝ち組の方々やら特定の思想集団の方々ばかり優遇される政党になってしまったのですね・・・。

以前に廃案になったものをまた引っ張り出してきて・・・。

大体、「人権擁護法案」なんて胡散臭い名前つけること自体信用できませんね。

○○保護法案だとか××擁護法案とかつける時は大体が庶民の目を誤魔化そうとしている時ですよね。

個人情報保護法だってちっとも保護されてないですよ。私の家の個人情報・・・。

未だにどこの会社だかわからない様な所から営業の電話かかってきますし、子供の幼児学習の勧誘のハガキは来るし、家の爺様には全く聞いたこともない老人ホームの入居案内や頼んでもいない年金の投資案内は来るし・・・。

結局、普通の一市井の個人情報が保護されているわけではなく、特定の一般人とは違う理由で保護されたい人達のための法案だった・・・・・・。

民主党、公明党が積極的に進めていた「人権擁護法案」

特に今回の法案には欠点が多すぎると思うのですが。

人権委員会の権限が強すぎたり、人権侵害の定義が曖昧で「表現の自由」を奪う恐れがあったり・・・。

これもやっぱり私のように好き勝手にこういった記事を書いてるような輩の人権は擁護されないんだろうな・・・。

小泉さんは今回の勝利に乗じてまた、国民生活を圧迫するような法案を出そうとしているんですね・・・。特定の「人権が侵されている」と難癖をつけている方々の為に・・・。

所謂、小泉チルドレンである新人女性議員を中心に賛成派ネットワークを作ろうという動きもあるようだし・・・。

皆さん、一体誰の人権を守ろうとしてるんだろ・・・。

普通に生活してる国民はそんなに人権侵害されてると思っている訳もないだろうに・・・・。

しかも、この法案に反対していた平沼赳夫氏や古屋圭司氏は今や無所属(しかも除名を含めた処分待ちの状態)だし、小林興起氏に至っては落選の憂き目に遭われたし・・・。自民党の中には反対派は安倍晋三氏くらいになってしまった・・・この人も駄目だろうなぁ・・・・。

でも、嘆いてばかりはいられませんよね!国民の声で何とか廃案に追い込めー!

と、一人でつぶやく。それくらいしか出来ない自分が歯痒い・・・・・。

| | コメント (8) | トラックバック (6)

2005年9月26日 (月)

これでいいのかな?自民党。そして日本人・・・。

私は本来ならば自民党の党員です。

自民党・・・いい政党だったんですけどねぇ・・・・。

自由民主党?ほんとに?そこに自由があったのですか?

今回の選挙に於いてはとてもそうは思えませんが・・・・・・・・。

今回の選挙の小泉総理の政治手法をみなさんはどう感じていますか?

反対の意見を言ったら口を塞ぐというのは民主主義なのですか?

反対の意見を言ったら2度と政治の表舞台に立てなくなるまで叩き潰すと言うのは人道的に良いことなのでしょうか?

もしあなたの子供が自分の意見を押し通す為に他人を陥れることも止むを得ないと言ったらあなたは子供にどんな言葉をかけますか?

自分の理想だけを追い求めた時に多くの人が傷つき、痛みを感じることになるであろう・・・。そんな時、そばにいる人達があなたを諌める言葉をかけてくれた。あなたならそんな人達にどんな声をかけますか?

こんな時あなたなら、あなたならどうしますか・・・・。

本当に心から国民を、国民の利益を考えた人達って誰だろう?

本当に心から私達のことを、私達の家族のことを考えてくれた人達って誰だろう・・・・?

それが誰かは私もわかりません。

ただ、これでいいのかな?自民党。そして日本人・・・・。

それだけは今現在も感じています。

| | コメント (6) | トラックバック (5)

2005年9月25日 (日)

とりあえず始めてみまっしょう!

 とりあえず、はじめてブログというやつをやってみようという事で書き始めてみました。これからは私自身の勉強をこのログを見てくださった方々と一緒にしていきたいと思ってます。ですからこのログを見て感じたことは何でもコメントしてください!

 というわけで何事も始めてづくしの今回はとりあえず今、私が感じていることを適当に書いて行きたいと思うわけです。

 とりわけ、今は先日の選挙の結果に落胆をしています。まさか自民党がこんな勝ち方をするとは思っても見なかったので・・・。まぁ色々調べてみたんですけど、私の意見としては郵政民営化には反対でした。色々と今回の法案には穴(外資に対する資本の制限や分社の形態の在り方等)がありましたから・・・。

 ここで過去形にしているのは選挙の結果からもう、民営化は既成事実な訳ですから過去形にした訳で・・・。

 ただ、あまり悲観もしていられない状態なようです。予想以上の自民党の大勝によりこれからの法案の審議の進め方や小泉首相の政治手法にこれからこの国の行く先に一抹の不安を感じずにはいられないのです。私自身、金融学には明るい方ではないので専門的な事は良く解りませんが、ただ今回の法案に賛成意見を持っておられる方々の御意見や新聞、マスメディアの報道等を見ていると説得力に欠けるというか、どうも腑に落ちない部分が多く見受けられるように思うのです。

 例えば上でも少し触れましたが外資の資本参入の制限については多くを議論されず、あまり重要ではないように扱われていました。しかしながら前例として新生銀行(旧長銀)の様な事実もあった訳ですし、もう少し真剣に議論していただきたいと感じる所です。

 また分社化するにしても事業ごとの個別会計ということですが、現状の郵便局関連の事業利益の比率を考えても郵便事業会社と窓口会社は赤字転落すると思うのですが・・・。更に郵貯銀行業務と簡保業務は100%株式を売却するのであれば後々郵便局から離脱することも可能なわけです。となれば残された郵便業務と窓口業務で郵便局の採算を取っていかなければならない訳ですから、当然、赤字を計上することになるでしょう。しかし、後者の2社は株式を100%政府が保有し、「ユニバーサルサービス」を維持するわけですからそうすると赤字を補填するのは結局、税金ということになるわけです。

 その他にも今回の法案には穴というか、欠陥というか、とにかく未熟な部分が多かったと思うのですが、そういった部分について説明が無かったように思います。

 そして小泉総理の言う「郵政民営化に是か非か」ではなく「今回の郵政民営化関連法案に是か非か」というのが本来の在り方ではなかったのでしょうか・・・・・・。

| | コメント (8) | トラックバック (0)